腰椎椎間板ヘルニアは、椎間板(軟骨成分)が飛び出て神経を圧迫している状態のことで、おそらく多くの人に知られている病名と思います。
椎間板ヘルニアでなにより特徴的な症状は、腰痛だけでなく足の痛みやシビレを起こすということです。
腰椎から出てきた神経根が集まって坐骨神経になるので、腰椎での神経根の圧迫によってお尻から足にかけて痛む坐骨神経痛を起こすという仕組みになっているのです。他には、排尿障害なども起こります。
椎間板ヘルニアが解明された歴史は意外と浅く、1934年にミクスターとバールによって最初に医学雑誌に発表されました。外科的な治療は、1939年にメイヨークリニックのラブが発展させ、さらに1977年、カスパーによって顕微鏡手術が、1997年フォーリーとスミスによソて内視鏡手術が開発されました。
日本では、1950年代の報告で軟骨症と呼ばれたものが最初です。
椎間板の変性には、加齢現象もありますが、炎症性サイトカイン(炎症性蛋白質)の関与が考えられています。つまり、椎間板ヘルニアが突出すると神経のまわりに炎症が起きます。最初は突出による単純な炎症によって痛みが生じ、そして椎間板の中からいろいろな物質が漏れ出てきて、これが神経に作用して痛みが出ると考えられています。
ヘルニアには髄核に加えて線維輪、軟骨終板を伴うこともあり、比較的靫帯組織の薄い椎間板のま後ろよりやや横にずれたところによく起こります。
人口の約1%が腰痛椎間板ヘルニアを抱えており、椎間板に多くの負担をかけやすい青壮年者に多く、男性にやや多くみられます。
よく起こる場所は第四腰椎と第五腰椎、第五腰椎と第一仙骨のあいだで、椎間板内圧は、中腰、坐位で高くなるため、スポーツや重量物の持ち上げ動作、長時間の坐位などをきっかけに発症することもありますが、とくに誘因のみられない場合も多いのです。
発生要因には、労働や喫煙などの環境因子のほかに、遺伝的要因も関与していることが知られています。
■腰痛椎間板ヘルニアの症状と診断
多くの場合、椎間板が出て神経根を圧迫していますが、痛みを起こすのは腰だけでなく、足のほうでも起きます。ヘルニアによって圧迫されている場所の神経根の症状(下肢のしびれや痛み)を起こします。
単純X線写真では腰椎椎間板ヘルニアを見ることはできず、椎間板の厚みの減少を頼りにします。MRIT2強調横断像で白い部分が少なくなると水分が減少したことを意味します。
■腰痛椎間板ヘルニアの治療は保存療法が第一
さて椎間板ヘルニアの治療ですが、保存的な治療が原則です。すなわち、いきなり手術はしません。その理由の一つに、自然吸収というのがあることが最近わかってきたからです。
【へルニアの自然吸収】
大きなヘルニアほど自然に早期に縮小するといわれています。
ヘルニアの自然吸収は、ヘルニア部分での血管増生が起き、脱出髄核に浸潤した炎症性細胞を、マクロファージが異物と認識してヘルニアを貪食するために起きると考えられています。
髄核や靭帯を破って椎間板が飛び出てしまうと、単球という一種の白血球が遊走してきて、単球が貪食細胞マクロファージに変化します。このマクロファージが、出っ張ったヘルニアを食べてしまいます。ですから靭帯を破って出ていないと消えないのですが、靭帯を破ったタイプのヘルニアは消えていく可能性が十分あるということです。
完全に脱出して遊離したヘルニアは、50%以上の確率でヘルニアが縮小することが確認されています。
■腰痛椎間板ヘルニアの保存療法
腰痛椎間板ヘルニアの保存療法は、薬物療法、装具療法、理学療法です。
強い痛みを訴えて受診された場合、急性期はまず安静、つまり患者さんに一番楽な姿勢をとってもらうということです。そして軟性コルセット・腰椎バンドは安静を保つ意味で有効ですので、巻いておいたほうがいいと思います。
エヌセイドという痛み止めの消炎鎮痛剤の内服薬(飲み薬)あるいは外用薬(湿布や塗り薬)を使用します。ただし、最近安静の是非について議論がわかれています。最初は安静にしたほうがいいのですが、あまり長く安静にしていても意味がないということが最近わかってきています。
安静にしていても三日以内、四日以上も横になっていると筋力低下を招くので、逆にどんどん身体を動かして日常生活に復帰したほうがよいといわれています。
湿布などの外用薬ですが、欧米にはあまりなく、日本特有のものといわれます。これも賛否両論がありますが、最近は非常によい外用薬がたくさん出ていて、貼付薬では白い布のパップやテープ、塗布薬では軟膏、クリーム、ローション、スティック状のチックがあります。
これらは、今はエヌセイドが含有されていて、従来の外用薬よりも腰痛に効くようになってきているようです。
装具療法は、長く使用する場合には型をとって作成した軟性コルセットなど、メッシュでできた素材のものがよく使用されます。
一方、痛みが非常に強い場合、坐骨神経痛などは神経ブロック療法が有効です。痛みの神経を薬剤で一時的にブロックさせてしまうこの療法には、硬膜外ブロック、椎間関節ブロック、神経根ブロック、交感神経ブロック、トリガーポイントブロックがよく行われます。ただし硬膜外ブロックなどは合併症の危険も非常にありますので、専門の先生のところで行うのがよいと思います。
■腰痛椎間板ヘルニアの理学療法
理学療法は、物理療法と運動療法にわかれます。少し痛みが和らいできた時期、これを亜急性期といいますが、二週目から一か月目、このあたりから物理療法、温熱・電気・牽引療法などを開始して、軽い運動を中心にストレッチングを行います。
そして慢性期・回復期の1カ月間は物理療法・運動療法を中心とした仕事やスポーツ活動を目指します。
物理療法は牽引、温熱、電気、レーザーがあります。牽引は外来での間欠性の牽引で、温熱療法ホットパック、極超短波なども確かに効果があると思います。そして刺激鎮痛法というものがあります。この中に電気療法が含まれます。一連のこういう物理療法に加え、多くの整形外科医院、整骨院に、低周波療法などがあると思います。これは確かに効果があるのですが、なぜ効果があるかといわれると、まだ十分にわかっていません。
運動療法については、体幹筋力強化・ストレッチングが二本柱です。腹筋強化といっても、やみくもに強化すればいいものではなく、とくに高齢の方はスポーツ選手のような筋力強化はできません。へその動き程度の運動あるいは腰部を床に押し付けるような動かすというより腹に力を入れる運動で十分。
腰痛改善ストレッチングは非常に大切で、背筋やハムストリングを含めたストレッチングが腰痛にも必要です。股関節の屈筋群・腸腰筋などを含めた下肢筋群のストレッチングも重要になってきます。
■腰痛椎間板ヘルニアの手術療法
手術ですが、一般的には今まで述べてきた保存療法を半年間くらい行っても無効な場合に考えます。
しかし、神経マヒが起こって日常生活がまったく送れないような場合は手術を行うべきで、下肢の筋力が落ちている場合、あるいは排尿障害が出た場合も早期に手術する必要があります。
椎間板ヘルニアの手術自体は、長期の経過からみた場合は、痛みだけの症状であれば、必ずしも必要はありません。
しかし腰痛・坐骨神経痛が強くて、日常生活や仕事に支障をきたすのはその人の考え方になりますので、ねばって治療をやっていけるのか、早く痛みを取って復帰したいのかが手術の選択になっていきます。患者さんと担当医がよく話し、いわゆるインフォームドコンセントが必要になってきます。
手術はヘルニアによる機械的な圧迫を直接除去すること、保存療法は二次的に生じる反応を沈静化することを目的としています。
椎間板ヘルニアの手術の方法ですが、従来はラブ法が一般的でした。皮膚を開き、筋肉を退け、骨を削ります。そうすると神経が出てくるので、その神経を除いてヘルニアを取るという方法でしたが、最近は内視鏡などの低侵襲手術(手術の傷が小さく、組織のダメージを小さくする手術)という流れがあらゆる外科分野に及んできており、整形外科分野にも低侵襲手術が非常に普及しています。
椎間板ヘルニア手術後、同じところからの再発率は約14%といわれています。再発予防のために、重量物運搬作業や長時間の運転などの作業やスポーツ復帰は、三か月までは慎重に行ったほうがよいでしょう。
そして、腰痛予防ストレッチと筋力の維持も必要です。